2016年にアメリカで公開された【砂上の法廷】は、完全なる真実で成り立つはずの法廷内に散りばめられた嘘の証言に焦点を当てた異色の法廷ミステリーです。
単なる思い違いによる嘘なのか、己の虚栄心を満たすための嘘なのか。それとも誰かをかばうための愛ある嘘なのか。
果たして真実はどこにあるのか、守られるべき正義とはこんなにも脆く儚いものなのかを問う【砂上の法廷】の世界へとご案内いたします。
【砂上の法廷】ひとつの事件の裁判を描いた法廷ミステリー
【砂上の法廷】は、タイトルにもあるように「法廷」を舞台とした裁判ネタのお話です。
私は法廷モノが大好物なので、まずタイトル見ただけで飛びつきました。検察側と弁護側のひっ迫した法廷での攻防が面白くて、判決がどう転ぶのか。そんな展開にワクワクするんですよね。
大抵の法廷モノは、犯罪者を決して逃さない検察側の地道な証拠集めで有罪に持っていくパターンだったり、冤罪を晴らして真犯人はコイツだ!みたいに真相を暴いて大活躍する弁護士が出てくるパターンだったりします。
が、【砂上の法廷】はひと味違った展開のミステリー。
ことの発端はひとつの事件
まず今回の裁判沙汰の元になるのは、巨額の資産を持つ大物弁護士に起こった事件 です。
自宅で刺殺体として発見され、第1発見者は大物弁護士の妻。そして他に家にいた者は高校生の一人息子。
妻からの通報を受けて駆けつけた警察官のその後の捜査で、容疑者も特定されます。凶器に付いた指紋や状況証拠、さらには自白もあって容疑者を息子と断定。
容疑者はティーンエージャーの息子?自白もしてるなら、もう事件は解決済みじゃない。
…と見せかけて、裁判でひと悶着ある、っていうストーリーなんだよ。
【砂上の法廷】二転三転する事件の真相
さて、この【砂上の法廷】を面白くしている要素は、若干ややこしいストーリー設定にあります。
主人公は容疑者となった若者を弁護する立場にある敏腕弁護士。しかしすでに物的証拠も状況証拠も揃っており、さらに容疑者は自白もしてるときたもんだ。もう完全にブラックでアウトな容疑者です。
しかも事件に関して容疑者の若者は一切黙秘。己の味方となる弁護士とすら会話しません。これはもう弁護側にとってはどう策を練ればいいかも分からない絶対的ピンチな状況。
検察側はといえば、追い討ちをかけて完全に有罪に持ち込むために証人たちの喚問でとどめをさすのみ。猫まっしぐらならぬ有罪判決まっしぐらが明白な案件です。
ややこしいどころか、もう有罪は確定したようなもんじゃん。
ところがどっこい、ここに事態が二転三転するトリックが隠されてるんだよ。
真実を証言すると宣誓していながら…
海外の法廷ミステリーで、よく証人尋問の前にこんな宣誓をしてるシーンを見かけませんか。
- Do you swear to tell the whole truth and nothing but the truth, so help you God ?(良心に従って真実のみを述べ、何事も隠さず偽りを述べないことを誓いますか?)
- I do.(誓います。)
本来、法廷内では「真実のみを証言する」これが証人喚問された人々に課せられた使命です。
が、弁護側はこの「真実のみを証言する」と宣誓した証人の証言に、嘘が混じっていることに気付きます。
検察側とかに買収されて有罪になるように嘘ついたってこと?
いや、容疑者を陥れようとか、そういう嘘とは違うんだよね。
それは証人たちの虚栄心や怠慢から生じた、ほんの些細な嘘の数々なんです。
- ある者は人道的な判断が出来る勇気ある人間に見られたくて。
- ある者は仕事の怠慢をごまかすため。
- ある者は裁判がややこしくなって自分の仕事がふえるのが嫌だから知らないふりをした。
こうして宣誓に基づいて語られるべき真実は小さな嘘にまみれ、真実がみえない展開に。
誰が本当に正しい真実を言ってるかがわかんないってこと?
そう。逆に誰もが本当のことを法廷内で語っていない可能性も出てきた。
さらにここからまさかの急展開
証人全てが小さな小さな嘘を交えた証言をしていた…証言の中に秘められた嘘を暴いて、よっしゃ勝てるかも!とウハウハしていた敏腕弁護士に、まさかの事態が降りかかります。
なに!?敏腕弁護士にピンチ到来?。
敏腕弁護士だけじゃなく、法廷内を混乱のるつぼに陥れる伏兵の登場だ。
それは、これまで完全黙秘を続けていた容疑者が、証言台に立つという暴挙に出ようとするのです。
クールに策略を練っていた敏腕弁護士にしてみれば「何してんの今ごろになって何言うつもり!?」とそりゃもう心中穏やかじゃありません。
一時は証拠や自白、証言によって第1級謀殺罪でほぼ有罪は確定かと思われた裁判は、実は嘘にまみれて、真実がひとつも語られていないことが明らかになっていきます。そこに容疑者の爆弾発言の投下。
そして審判の行方は、法廷内の誰もが予想しなかった方向に転がり始めて…というのが大まかなあらすじですね。
「この結末は他言無用」のキャッチコピーを掲げる問題作【砂上の法廷】
容疑者となった17歳の息子は本当に父親を手にかけたのか。真実のみが語られるはずの法廷内に散りばめられた数々の嘘。エンドロールが流れる直前まで二転三転する衝撃の結末とは?
法廷ミステリーのタブーを描いた予告動画はこちら↓
【砂上の法廷】キーパーソンとなる登場人物たち
さぁ裁判の行方は証言に散りばめられた嘘が暴かれることで、あーでもないこーでもないと推理も二転三転していきます。
そんな観客を翻弄させるゴタゴタな展開の、常に中心に佇むキーパーソンをご紹介いたしましょう。
リチャード・ラムゼイは、容疑者となった被害者の息子・マイクの弁護を担当する敏腕弁護士。被害者ブーンには、駆け出しの頃から世話になっており、この一家とも交友が深い存在です。
容疑者・マイクが弁護人であるラムゼイに対しても完全黙秘を続けているため、どこからどう弁護すればいいのかも分からない絶対的不利な状況に置かれています。
しかし父親を手にかけた罪で裁かれようとしている若者を救いたいという情熱を持ち、なんとかこの状況を打破すべく奮闘。アシスタントの弁護士とともにこれまでの経験則から無罪を勝ち取るために手を尽くしていく主人公です。
マイクは被害者ブーンの息子であり、この事件の容疑者です。将来法律家になることを目指して学んできた優等生であり、そんじょそこらの大人より深く法律を熟知しています。
弁護人とは信頼関係を築いてともに裁判に臨まねばならない状況も理解した上で完全黙秘を貫き、弁護人をも法廷内をも混乱させる張本人です。
少年法で守られるべき年齢の17歳ですが、父親を手に掛けた罪は重く、成人と同じ扱いで第1級謀殺罪という罪で有罪判決も濃厚のピンチ。
しかし裁判の風向きが徐々に変わった期を逃さず、突如として証言台に立つと言い始め、思いもよらぬ証言を口走ります。
ロレッタは被害者となった大物弁護士ブーンの妻であり、容疑者であるマイクの母親。
息子想いの良き母ですが、何かにつけて夫・ブーンからは蔑まれ、DV被害に遭っていたという疑惑の主でもあります。
ブーンは今回の事件の被害者で、マイクの父でありロレッタの夫。自尊心が強く高飛車で傲慢な性格の人物です。
妻も息子も自分の下僕、近隣の住人ともちょっとした意見の食い違いから仲違いするなど、なかなかのオレ様気質。
少々厄介そうなオッサンですが、上手く付き合えばこれ以上にないほど頼りになるであろう有能な大物弁護士でした(多分)
ジャネルはリチャードと共に容疑者の弁護を担当する弁護士。リチャードが信頼するウォルター弁護士の娘でもあり、鋭い観察力と洞察力の持ち主です。
リチャードだけでは気付きにくい法廷内にはびこる嘘に気付き、検察側が用意した証人への反対尋問でヘタ打ったリチャードの代わりに弁護に有利となる証言まで引き出します。
ジャネルのサポートがあったからこそ、容疑者マイクが完全黙秘を破って語った証言内容が判決を大きく左右する結果にもつながります。
…とまぁキーパーソンは事件そのものに関わったラシター一家と弁護人2人だけですね。召喚された証人たちの証言がストーリーの重点ではありますが、重要な登場人物としては描かれていません。
肝心なのは、法廷内で真実がひとつも語られていないという部分なので、証人たちの皆さんのキャラクターそのものは、わりとどうでもいい存在になっています。
【砂上の法廷】アメリカの裁判制度の盲点
そもそも客観的な事実をかき集め、正義に則った審判が下されるはずの法廷内で、なぜ事態が二転三転していくのか。
そこには日本の裁判制度とは大きく異なるアメリカの司法制度・陪審員裁判制度に隠された落とし穴があるからじゃないかなと思います。
ということで「REONさんのサラッと解説・アメリカン・ロー・システム」をお届けします。
アメリカの裁判は陪審員制度
アメリカの裁判は12名の陪審員が評決を下す裁判制度になっています。日本でも2009年5月から似たような形式の裁判員裁判制度が行われていますね。
陪審員と裁判員ってなんか違いあるの?
国民が刑事裁判に参加するって部分は同じだが、関わり合いの度合いが違うかな。
陪審員を選出して行う陪審制とは?
- アメリカやイギリスで採用されている裁判制度
- 事件ごとに陪審員になる人の選出が行われる
- 選出方法はザックリ言うと適当(無作為)に国民からチョイス
- 基本的に陪審員は、犯罪の事実が有罪かどうかの判断をする
- 裁判官は、法の専門家として法解釈と刑罰のランクを決定
裁判員を選出して行う裁判員制とは?
- 日本独自の裁判制度
- 裁判員は事件ごとに無作為抽選で選出
- 裁判員と裁判官は一緒になって合議する形式
- 裁判員は犯罪の事実が有罪かどうか、刑罰のランク決定まで関われる
- 専門的な法解釈は裁判官のみが行う
裁判員裁判制度では、裁判員のみで犯罪事実の評決を下すことはできないのに対し、陪審員裁判制度では陪審員のみで有罪か無罪か評決を下すことが出来るんですね。
つまり、陪審員にいかに媚びを売るかで評決内容が変わる事態になりうるということ。
もし陪審員が正しい判断しなかったり、意見が分かれたらどうなるの。
そういう場合に備えて、ちゃんと法的にみておかしかったり満場一致で評決に至らなかったら裁判官の一存で再審に持ち込めるようになってる。
あぁ、なんだか裁判制度もややこしいですね。とにもかくにも神さま仏さま陪審員様って感じでしょうか。
法と正義が貫かれるとは限らない
結局のところアメリカの裁判で有罪か無罪かの評決は、12名の陪審員次第です。いかに陪審員の同情を買い、情状酌量の審判につなげるかがミソ。
だからアメリカの裁判では、こんな形で判決が確定するケースもあるんです。
必ずしも真実と正義が勝つのではなく、勝ったほうが真実であり正義になっちゃうんですね。
全てが嘘だらけだったとしても、ぴったりうまい具合にピースがはまってしまったら…意外にも法廷内で裁判はスムーズに進行し、【砂上の法廷】の映画のような事態もありうるのかもしれません。
まとめ
法廷内で繰り広げられる言葉は全て完全なる真実でなければならないはず。しかし誰も彼もが繰り出すささやかな嘘によって、真実からはかけ離れていってしまいます。
- 物語の幕開けは、大物弁護士の刺殺事件
- 容疑者は証拠も自白も揃った被害者の息子
- 第1級謀殺罪の判決を下す重罪裁判の法廷内で飛び交ういくつもの嘘
- 真実の見えない法廷で下された審判に正義はあるのか
真実はどこにもない法廷を描いたこの作品の原題は「The Whole True(完全なる真実)」です。
皮肉を込めて付けられた原題に負けじと、邦題もまたかなり皮肉のこもったウィットに富んだタイトルになってます。
【砂上の法廷】の「砂上」には、見かけは立派だけれど脆く崩れやすいという意味があります。
法律という立派な正義を掲げていながら、いくつも散りばめられ嘘ばかりの法廷で下された審判。そこに本当の正義はありません。
アメリカの陪審員裁判制度のタブーを描いたこの作品の思いもよらぬ結末は、最後の最後のどんでん返しまで目が離せない展開でした。
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